全てが神社、短時間でOK
初詣や開運を願う1月。この季節に「どこへ行こう?」と迷っている方に向け、東京・日本橋で500年以上続く「七福神めぐり」はいかがでしょうか。すべて神社で構成された全国でも珍しいコースで、巡拝が短時間に参拝できるのが特長です。強運を授かる「小網神社」や金運アップの「宝生弁財天」など、歴史とご利益が満載!本記事では、開運スポットの魅力から老舗グルメまで、日本橋を満喫する散歩コースをご紹介。運気もお腹も満たされる、特別な一日を体験しましょう。
・アクセス情報
・日本橋七福神の散策ルート
・周辺のグルメ情報
アクセス情報
●小網神社: 都営地下鉄都営浅草線「人形町駅」 A5 出口より徒歩7分
東京メトロ日比谷線「人形町駅」 A2 出口より徒歩5分
●椙森神社: 東京メトロ日比谷線・都営浅草線「人形町駅」 徒歩5分
東京メトロ日比谷線「小伝馬町駅」 徒歩5分
A:小網神社(福禄寿) →徒歩240mくらい B:谷崎潤一郎生誕地(寄り道) →徒歩140mくらい C:茶ノ木神社(布袋尊) →徒歩230mくらい D:宝生弁財天 水天宮境内(弁財天) →徒歩230mくらい E:松島神社(大国天) →徒歩290mくらい F:末廣神社(毘沙門天) →徒歩240mくらい G:笠間稲荷神社(寿老神) →徒歩750mくらい H:椙森神社(恵比寿)

日本橋七福神めぐりの散策ルート
大人気でお参りが大変です
A:小網神社(福禄寿)
歴史: 室町時代中期に萬福寿寺を別当寺として創祀された稲荷社が起源です。明治の神仏分離により小網神社と称し、現在は日本橋小網町や人形町の一部の氏神として広く信仰されています。
建築: 昭和4年(1929年)建立の社殿と神楽殿が残っています。社殿には昇り龍・降り龍などの精巧な彫刻が施されており、五角形という特殊な平面形態を持つ神楽殿とともに中央区民文化財に登録されています(現地案内板要約)。


活版所で生まれた
B:谷崎潤一郎生誕地(寄り道)
谷崎潤一郎は明治19(1886)年、現在地にあった祖父が経営する活版所「谷崎活版所」で生まれました。初期は『刺青』や『少年』など、耽美(たんび)的・背徳的な世界を描き注目を集めました。後に日本的な伝統美に傾倒し、『春琴抄』や『細雪』といった名作を残し日本文学界に大きな足跡を残しました(現地案内板要約)。
大老堀田家の守護神の周囲に茶の木が
C:茶ノ木神社(布袋尊)
「お茶ノ木様」の由来: 徳川時代、下総佐倉城主・堀田家の中屋敷内に守護神として祀られたのが始まりです。社の周囲に見事な茶の木が植えられていたことから、親しみを込めてそう呼ばれました。
火伏の神としての信仰: 屋敷内や周囲の町で永年火災が起きなかったため「火伏の神」として崇められ、かつては初午祭の日のみ一般参拝が許されていました。
布袋尊の合祀: 昭和60年に布袋尊が合祀され、日本橋七福神に加わりました。布袋尊は中国の禅僧がモデルで、福運や大願成就の神様として信仰されています(現地案内板要約)。


久留米藩主が願をかけた
D:宝生弁財天 水天宮境内(弁財天)
久留米藩第九代藩主有馬頼徳(よりのり)公が、加賀藩第十一代藩主前田斉広(なりなが)公と、宝生流能楽の技を競われた際、辨財天(弁財天)に願をかけ、見事に勝利を収めました。それ以来、宝生辨財天と敬われ、芸事をはじめ学業・金運のご利益が名高いと現在に至るまで篤く信仰されています。毎月五日と巳の日には辨財天のご神像を拝観できます(現地案内板より)。水天宮の鳥居をくぐって左側です。


入り海の小島に松の木が茂っていたから
E:松島神社(大国天)
創建の歴史: 鎌倉時代の元亨(1321年)以前、この辺りが入り海だった頃に小島があり、そこに神々を勧請したのが始まりとされています。夜ごとに掲げた灯火が、舟人の航海安全の目印となったと伝えられています。
名称の由来: 島内に松の木が鬱蒼と茂っていたことから「松島稲荷大明神」と称されました。正徳3年(1713年)に松島町と命名され、明治7年には「松島稲荷神社」として村社に列格、大正5年に現在の「松島神社」へと改称されました。
御祭神の特徴: 武家屋敷の造営のために日本各地から集まった人々が、それぞれの故郷の神々の合祀を願ったため、他社に比べて御祭神が(稲荷大神・伊邪那岐大神・伊邪那美大神をはじめ)14柱と非常に多いのが特徴です(現地案内板要約)。


元吉原の産土神
F:末廣神社(毘沙門天)
江戸時代の初期(元和3(1617)~明暦3(1657))に吉原(当初葭原)がこの地にあった当時、地主神・産土神として信仰されていました。明暦の大火(1657)で吉原が移転してからは、跡地の難波町・住吉町・高砂町・新和泉町の四か所の氏神として信仰されていました(現地案内板要約)。
明暦の大火により、この地にあった元吉原を浅草寺北の新吉原(遊郭)に移転したことを言っています。


笠間藩主の牧野家が奉斎
G:笠間稲荷神社(寿老神)
日本三大稲荷のひとつ茨城県・笠間稲荷神社は笠間藩主牧野家により代々厚い信仰が寄せられてきました。江戸時代末期安政6年 (1859年)藩主牧野真直公が笠間から御分霊を江戸下屋敷(当地) に奉斎したのが始まりです。以降、牧野家のみならず日本橋魚河岸の守り神として、五穀・水産・殖産興業の守護神として商人庶民問わず広く信仰を集めました。寿老神は長寿の神にしてお導きの神・幸 運の神として人々の運命を開拓して下さる福徳長寿の守護神です。(公式サイトより)


宝くじの元祖
H:椙森(すぎのもり)神社(恵比寿)
社伝によれば平安時代に平将門の乱を平定するために、藤原秀郷が戦勝祈願をしたところといわれています。室町中期には太田道灌が雨乞い祈願のために京都山城の伏見稲荷の伍社の神を勧請しました。(烏森・柳森とともに)江戸三森の一つとして江戸庶民の信仰を集めました。火災による寺社再建の費用のため多くの富籤(くじ)も興行されました。関東大震災で倒壊した社殿は昭和6年に、富塚は28年に再建され、宝くじの元祖として多くの人々が祈願しています(現地案内板要約)。


周辺のグルメ情報
この地で50年
松竹庵 人形町支店
茶の木神社から北東徒歩1分くらいです。神田淡路町にある「松竹庵」の支店としてお店を開き、この土地で50年以上営業を続けています。


季節限定の、とり天カレーそばをいただきました。お正月はお休みのお店が多いのでお気をつけください。上記のお店は2026年1月4日(日)に開店していました。
大正三年創業
魚久本店
京粕漬で有名なお店のイートインあじみせです。炭火でじっくり焼き上げたランチ定食を提供しています。ぎんだら、銀鮭、本さわらの三種盛りである「あじみせ定食」をいただきました。お正月は開運干支あめが付いているようです。


タンポポオムライスが名物
たいめいけん
名前は「泰明軒」からきているようです。小網神社から日本橋川に沿って西に500mほどの日本橋室町仮説ビルにて営業しています。映画「タンポポ」で高見映さんがつくっていた卵料理の「タンポポオムライス(伊丹十三風)をいただきました。映画公開後から名物となっているようです。


おわりに
日本橋七福神めぐりは、すべて神社で完結する全国的にも珍しいコースです。都会の真ん中にありながら、一歩足を踏み入れると清々しい空気を感じられるのが大きな魅力です。お正月の運動不足解消も兼ねて、福を求めてのんびり歩いてみましょう。歴史ある神様たちからパワーをもらえば、きっと素敵な一年のスタートを切れるはずです!
